大阪瓦斯ビルディング(登録有形文化財)

安井武雄の設計で1933年(昭和8年)に竣工。当時最新式のモダンな建物と言われ、竣工当時、建物内には事務所のほか、ガス用品陳列場、講演場、美容室、理髪場、ガス料理講習室、食堂などが設けられ、一般に開放されていた(講演場は1965年に廃止)。8階の食堂は本格欧風料理を提供することで評判になり、現在も竣工当時の雰囲気を留めた食堂として営業を続けている。地下2階には自動車駐車場も設けられていた。

1945年(昭和20年)の大阪大空襲では、周りが焼け野原になる中、被害を免れた。日本敗戦後の同年10月4日には、占領軍が2階講演場ならびに6階以上などを接収し、1952年(昭和27年)5月22日の接収解除まで第2宿舎として供された。

外観からみて一般的にはアール・デコ様式とされる。しかし安井武雄はこの設計では東洋風な装飾を捨て、近代合理主義様式に接近した。
本人が「使用目的及ビ構造に基ケル自由様式」と説明するとおり、そのモダンな形態は必ずしも外からもたらされたものではなく、御堂筋という立地条件・ガス事業の公共性等を含めた瓦斯ビルの機能から割り出されてきたものとされ、この建築姿勢には村野藤吾、渡辺節に通ずるものがあると指摘されることもある。
2年後に同じ御堂筋にそごう百貨店を設計することになる村野藤吾の眼には「都市建築の美の極致」に映ったという。
藤森照信は大阪ガスビルの様式について、アール・デコ様式が持つ鉱物感覚が高純度に洗練されたもの、としている。 (wiki)

安井武雄の作品
大阪倶楽部、高麗橋野村ビルディング、日本橋野村ビルディング。