大阪・緒方洪庵旧宅および適塾

大阪市中央区北浜3丁目3番8号(旧過書町丼池東入)
この建物は幕末の意思、蘭学者であった緒方洪庵が1845年に買い受けて、1837年に大阪瓦町に開いた私塾、適塾を移転した場所である。洪庵は1862年に幕府の奥医師として江戸へ迎えられるまでの約17年間にわたり、ここに居住した。(中略)
この住宅は蘭学発展の拠点となった歴史を伝えるばかりか、近世における大阪北浜の町や建築の姿を示す貴重な遺例である。
この建物は、1942年、国に寄付されることとなり、洪庵の子息や適塾関係者らによって明治初期に設立された大阪仮病院や大阪医学校を源流とする、大阪帝国大学へ移管された。現在はこれを大阪大学が所有し一般公開している。(案内板より)
適塾(てきじゅく)は、正式には適々斎塾(てきてきさいじゅく)という。また、適々塾とも称される。緒方洪庵の号である「適々斎」が名の由来である。幕末から明治維新にかけて活躍した人材を多く輩出し、現在の大阪大学の前身とされている。(wiki)

塾頭:緒方洪庵、久坂玄機(久坂玄瑞の兄)、大村益次郎、福澤諭吉など。
公開空地

適塾は間口よりも奥行が長く、木造であるため、公開空地として空間が設けられています。朝8時ころに出撮影。奥にあるビルの通勤路になって人通りが多くありました。また、隣接するのは愛珠幼稚園でこれもまた木造です。重要建築物に指定されているため防火設備を兼ねています。

