自由学園明日館食堂

全校生徒が集まり手作りのあたたかい昼食をいただくことは、羽仁夫妻が願った教育の基本でした。
そのため当時の学校建築としては珍しく食堂が校舎の中心に設計されています。
ライトが設計した時点では中央のメインフロアのみで、北、東、西の3つの小部屋は後に手狭になったため、
遠藤新が1923~24年にかけて増築しました。(自由学園HPより)

大正11年、学校が始まって2年目の写真があります。食堂の側面にライトらしいデザインの窓があります。
窓の外はテラスでした。しかし、3年目になると生徒が増えて食堂に入りきれなくなり、遠藤新により左右と後ろ3か所のテラスに屋根を架け増築されました。
本来であれば保存修理工事でオリジナルの窓に戻すべきところですが、歴史的整合性を考慮し、降車全体が完成した昭和2年の姿に復元したので、オリジナルの窓はなく、増築された状態です。(案内版)

保存修理工事以前は食堂の真下に台所があり、当時はそこで当番の生徒が昼食を作っていました。
出来上がった料理を手早く食堂に上げるため、簡易式のダムウェーターが設置されていました。
しかし、かえって手間がかかるので、階段に列を作りバケツリレーの要領で食堂まで上げていた、というエピソードも残っています。
修理工事以後は、新築された建物に厨房を移し、昔の台所部分は機械室や事務室等として利用されています。(自由学園HPより)



いかにもライトらしいデザインの、この食堂によく合った電球の吊り具です。しかし、古い電気配線図を見ると、最初は食堂の四隅に照明をつける予定だったようです。ライトは建設途中に現場を訪れ、少女たちが座って食事をする様子を思い浮かべると天井までに、マガ抜けた空間ができてしまうと感じたようです。その晩に吊り具を設計し、翌日現場に来て遠藤新に吊り具をつけるように指示があったそうです。(案内板より)