明治生命館


業務の拡大に伴い、1928年(昭和3年)、当時の三菱第2号館(コンドル設計)に隣接して、新社屋を建設することが決まる。指名コンペ方式で、岡田信一郎の案が採用された。そして、岡田の考えによって、旧社屋も取り壊しての建設となった。1930年(昭和5年)9月に起工し、1934年(昭和9年)3月31日に竣工した。

太平洋戦争後は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収。アメリカ極東空軍司令部として使用され、対日理事会の第1回会議は明治生命館2階の会議室で行われた。1956年(昭和31年)、アメリカ軍から返還された。 1997年(平成9年)、昭和の建造物として初めて重要文化財の指定を受けた。(wiki)

明治生命館では1階店頭営業室や、対日理事会の会場となった2階会議室をはじめとする執務室、応接室などの文化的価値の高い主要室をご見学いただけます。また、資料・展示室にて明治生命館の建築、明治生命館の建設に携わった人々、明治生命館の歴史についても詳しくご紹介しています。さらに明治生命館に関係する史資料のデジタル閲覧サービスもご利用いただけます。 (明治生命館HP)


設計に当たった岡田は「様式建築の名手」と称される。明治生命館も、5階分のコリント式列柱が並ぶ古典主義様式に則ったデザインである。一方この建物よりも前に建てられた近隣の東京中央郵便局は、洗練されたモダニズム建築の傑作と讃えられており、対照的である。
明治生命館(めいじせいめいかん)は、東京都千代田区丸の内二丁目にある建築物である。設計は岡田信一郎・捷五郎(兄弟)、構造設計が内藤多仲。重要文化財には「明治生命保険相互会社本社本館」として指定されている。




この日は平日昼だったので、公開されているのは1階にある旧店頭営業室のみでした。
1階店頭営業室は、2階までの吹き抜けになっている。2階は吹き抜けを囲んで回廊があり、執務室・会議室・食堂などが並ぶ。 社長室の内装には当時の流行であったスパニッシュ様式も取り入れられている。