ニコライ堂

この聖堂は明治17年3月に起工し、工期7年を以て同24年2月に完成したもので、設計者は、ロシア工科大学教授しチュールポフ氏、工事監督は、英国人コンドル博士です。日本最大のビザンチン式建造物として知られております。(案内板より)1962年 東京復活大聖堂、国の重要文化財に指定される。


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ジョサイア・コンドル
工部大学校(現・東京大学工学部)の建築学教授として来日し、傍ら明治政府関連の建物の設計を手がけた。辰野金吾ら、創成期の日本人建築家を育成し、明治以後の日本建築界の基礎を築いた。
のちに民間で建築設計事務所を開設し、財界関係者らの邸宅を数多く設計した。日本女性を妻とし、河鍋暁斎に師事して日本画を学び、日本舞踊、華道、落語といった日本文化にも大いに親しみ、趣味に生きた人でもあった。
建築作品は、現・旧古河庭園、三菱一号館美術館(現在はレプリカ)、鹿鳴館(すでに取り壊し)。

日本ハリストス正教会教団