東京・銀座和光

時計は1面だけでなく、4面に設置されています。
1881年12月、服部金太郎が「服部時計店」(現:セイコーホールディングス)として創業。1947年4月に小売部門が独立し、現在に至る。終戦直後は進駐軍向けのPX(基地内売店)として機能していた。1894年にできた服部時計タワーは現在の和光がある場所に立っていたが、1921年に改築のために取り壊された。
現在の和光本館として使われているネオルネサンス調ビルディング(渡辺仁設計)は、関東大震災後の1932年に「服部時計店ビル」として建てられたものである。時計台はカリヨンを備え、毎正時[2](2012年からは3月11日14時46分に、東日本大震災の犠牲者を悼んで特別に11回、その1分後に2回)、有名な「ウェストミンスターの鐘」と時数分のゴングを鳴らしている。(wiki)

時計は銀座通りからは正面だけしか見えませんが、4面ともあると聞いたことがあります。確認なし。
白金の三光坂上には、セイコーの創業者服部金太郎氏の自宅として建てられた洋館があります。服部ハウスと呼ばれています。 戦後は連合国軍総司令部に接収され、ここで日本国憲法の草案が書かれました。設計は高橋貞太郎。 敷地と建物が2014年10月にシンガポールの不動産会社により買収されました。敷地内に高級マンションを建設予定です。
高橋貞太郎
(たかはし ていたろう、1892 - 1970)は大正・昭和期に活躍した日本の建築家。前田侯爵邸や服部邸など豪華な邸宅建築のほか、上高地ホテル、川奈ホテルなどホテル建築に秀作が多い。(wiki)他に、高島屋百貨店東京店、学士会館。
2009年撮影の和光

有楽町方面から見た和光。裏面にも時計が見えます。このころは三越のビルがまだ低いままです。