武田道修町ビル杏雨書屋

杏雨書屋(キョウウショオク)--・武田科学振興財団
武田薬品の五代当主武田長兵衞(和敬翁)は、1923年の関東大震災によって貴重な医書や本草(医療用の薬種となる動植物や鉱物)書の古典が数多く焼失してしまったことを悔やみ、それらの散逸を防ぐため私財を投じて古典籍を収集していました。
その私的文庫が現在の蔵書群の原点になり、医学界(杏林)に慈雨をふりそそがせようという悲願を込めて杏雨書屋と命名したのです。
蔵書と杏雨書屋の名称は六代武田長兵衞に引き継がれ、歳月とともにその内容も充実していきます。
1977年には武田科学振興財団*に寄贈され、翌78年に図書資料館「杏雨書屋」として活動を開始しました。以来、今日に至るまで本の系統が原本に近く保存状態のよい写本や版本などを選別して収集し、資料の永久保存を図りながら学術研究に供する目的で研究者向けに閲覧を許可しています。
また、年に2回の特別展示会の開催や研究講演会の開催、所蔵図書関係の出版等の事業活動を行っています。(杏雨書屋HP)

旧 称:武田長兵衞商店本店
所在地 中央区道修町2-3-6
建設年 1928年
設計
片岡建築事務所(松室重光)
大阪の歴史都市・船場は町ごとの特徴が明確で、道修町は「くすりの町」として発展した。江戸
時代には日本で流通する全ての薬が、まずここに集められ、現在も名だたる製薬会社が軒を並べ
る。

武田薬品工業も、1781 年にここ道修町で薬種の仲買商をはじめ、1925 年に武田長兵衞商店 を設立、その 3 年後にこの本店を完成させた。設計したのは大阪建築界の大御所・片岡安の設計 事務所にいた松室重光。2013 年に耐震補強工事を終え、公益財団法人武田科学振興財団が移転し た。同財団では貴重な医学関連の資料を収集した杏雨書屋を運営、展示室は無料で一般公開されている。(髙岡伸一)