JR門松駅付近

丸山城は大内氏の家臣で、筑前守護代であった杉連並の居城・高鳥居城の出城として築かれました。交通の要所にあり、博多防衛の重要拠点であったと考えられています。大内氏衰退後は毛利氏と大友氏による紛争地となりますが、その後どうなったかは定かではありません。戦国時代の天正年間に秋月氏により落城させられた記録があり、これは1585年(天正13年)に秋月種実が立花山城を攻撃したときのことだと推定されます。現在城址には竪堀や堀切などの遺構が確認できます。丸山北麓にある御霊神社から遊歩道が整備されています。(以上「攻城団」より引用)

黒殿神社

高鳥居城(須惠町植木)があった時代、大隈の丸山は杉弾正重並の軍の屯所でありました。 天正14年(1586)秋月氏との戦で攻め落とされ、その時この丸山に黒殿という姫がいましたが、落城を前にして家臣にわが首を切らせました。首は尾根を転んでふもとまで落ちたとされています。この場所が黒殿神社です。(粕屋町 案内板)

辻の地蔵堂

出城のため本格的な城下町とは異なりますが、ふもとには寺と広い屋敷が取り囲むように並んでいます。周囲は畑が広がります。対して印象的なのは一つの屋敷面積が広いことです。分厚い壁の蔵が見られます。重要な地点に、神社と寺院、さらに要所の辻堂。軍事基地といわれるとわかりやすい。陣頭指揮を執る者は山の上で見張り、家臣たちは号令とともにただちに駆け付けられるようです。

法林山雲性院 成栄寺(じょうえいじ )

御霊神社

祭神は、早良親王、伊豫親王、吉備大臣、文屋宮田丸、橘逸勢、藤太夫人、藤原廣嗣、火雷神。
JR門松駅より徒歩15分

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